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駅弁屋「祭」刷毛じょうゆ 海苔弁山登り

駅弁屋「祭」グランスタ東京
刷毛じょうゆ 海苔弁山登り

東京駅で駅弁屋「祭」に

先日仕事で九州へ行ってまいりました。その際に新幹線でいただいたお昼ご飯「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」さんの「銀鱈西京焼きの海苔弁」に関してご報告させてください。

午前の仕事を終え、東京駅から東海道新幹線に乗ったのですが、やっぱり新幹線に乗るのであれば東京駅に限ります。大東京からの出発、そして豊富な駅弁、東京駅は譲れません。

本来は福島県郡山市の「豆福屋さん」の海苔弁を購入予定でした。素朴で、非常に美味しいという触れ込みを多々聞いていたからです。そんな訳で新幹線出発時刻の12分前に東京駅へ到着した私は、ひとまず駅弁屋「祭」に急ぎました。私の大脳は北島三郎の祭りをエンドレスに流しており、人でごった返す「祭」を見つけると、さらにボリュームを上げてきました。正に祭!見よこの活気!しかしお目当ての海苔弁を求めて一周しましたが見当たらず、嫌な予感がしました。品出しの方に所在を伺うと、1日1回13時半のみ入荷するとのとでした。私がその時間まで待つということは、新幹線に乗り遅れることを意味し、仕事に遅れるという事態に至ります。悲しい、もう絶望です。しかし、ここで何らかの駅弁を購入せねば、新幹線という密室で数時間ひもじい思いをするわけです。

刷毛じょうゆ 海苔弁山登りを購入

あと数分でこのフェスティバルの中から豆福屋の海苔弁と対等の駅弁を見つけだすしかないのです。そこで言わずと知れた高級海苔弁「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」の存在を思い出しました。一度、GINZA SIXで鮭の海苔弁を購入したのですが、食材自体さることながら、味付けがシンプルでとても美味しいお弁当でした。また胃弱の私はソルビトール等の保存料が苦手なのですが、食後の胃もたれは起きませんでした。私は何種類か並んだ海苔弁から銀鱈西京焼き、お値段1,880円也を盲目的に購入しました。そして持参したビニール袋に入れることなく、お箸とウエットティッシュとお弁当を鷲づかみにし、新幹線のホームへと疾走しました。

駅弁屋「祭」刷毛じょうゆ 海苔弁山登り

駅弁屋「祭」刷毛じょうゆ 海苔弁山登り

出発と同時にお弁当を開けました。お弁当の大きさは17×12cm、厚みは4cm程度とお上品なお弁当です。しかし食材の色合いがきれいで、箱にバランス良く詰めてあるので、豪勢に見えます。美しい銀鱈の照り、香ばしい卵の焼き色、しっとりとした黒紫に輝く海苔、見るからに美味しそうです。

さて食材の感想です。

・大根塩漬け:塩気控えめ、甘酢が効いおりくせになる

・ほうれん草ナムル:胡麻油の香りが強い、海苔弁に馴染んでない?

・紅はるか:柔らかく茹でた甘いお芋、もう少し固い方が好き

・レンコン大葉餅:紫蘇入りでつなぎがとろろ、紫蘇が巻いてあり、風味がよく柔らかい、懐石料理みたい

・玉子焼き:甘めの玉子焼き、焼目が食欲をそそる。1.5mm程度のものが2枚と物足りない

・鰹節ごはん:冷えていても旨味がある、あまり醤油が付いていない、鰹節もついていない、右半分は海苔が2段になっている海苔がしっとりお米に馴染んでいる

・銀鱈西京焼き:程よく脂が乗っている、骨があるのでお子様には注意、味付け抜群 

・生姜漬物:よくあるピンク色のあれ、味もあれ、人工調味料の香り

駅弁屋「祭」刷毛じょうゆ 海苔弁山登り

駅弁屋「祭」刷毛じょうゆ 海苔弁山登り

三島駅を過ぎたころに海苔弁を食べ終わりました。丁寧で、味わいのある美味しいお弁当でした。唯一ほうれん草のナムルが気になりましたが、ササニシキの美味しさ、香り高い有明の一番海苔、卵の甘味、銀鱈の旨味、どれも素晴らしく、素敵な新幹線ランチを過ごすことができました。

海苔弁はやっぱりキングオブお弁当だと思います。キングオブ駅弁ではないかもしれないけれど、キングオブお弁当なのです。海苔弁の良さは日本人の生活により添った食材が使われている所でしょうか、両親も祖父母も食べてきたお弁当、それが海苔弁なのです。生きていく中で当たり前に存在していた海苔弁は高級ではなかったはずだけれど、我々が時代とともに新たな食材に魅かれ、輸入品を好んだ結果、とても近くにいた海苔弁が高級になってしまいました。海苔弁が私たちから離れていったのではありません、私たちが海苔弁を顧みなかった結果なのです。

 

ここで海苔弁コラムを一つ

「キキララちゃんと母の海苔弁」

新幹線が小田原駅を通過した辺りで、ふと幼稚園の頃、母に毎日持たされた海苔弁を思い出しました。私のアルミ製のお弁当箱はお下がりで、蓋にキキララちゃんの絵が付いていました。当時の私はキティちゃんが好きで、キキララちゃんは嫌いでした。嫌いというか、苦手というか、キキララちゃんの何か妙に薄い感じ、ほわっと微笑んでる感じ、悩みのない感じに違和感があったのです。そのキキララちゃんに母が毎朝海苔弁を詰めるのですが、母の作る海苔弁は、ご飯の上に醤油で揉んだ鰹節をデデデと敷いて、千切った海苔をベンベン貼って、干物の半身であったり、目玉焼き半分であったりをドベッと置いた荒々しいお弁当でした。幼稚園でお弁当箱を開けると、たいがい蓋に梅肉や海苔がビローンとくっついていました。当時、超小食かつ食わず嫌いであった私は、海苔だけ剥がして食べたり、オカカだけ集めて食べてみたり、目玉焼きの辺縁だけ齧ってみたり、ほとんど手をつけない日も少なくありませんでした。そんなことを思い出し、私は母に申し訳なくて、胸が痛くなりました。

新幹線通勤で必死に働いていた母、平日は朝しか会うことがなかった母、セブンスターを鞄の底に隠していた母、吸っていないと嘘をついた母、そんな母が私のために台風のような勢いで雷神の様な顔をしながら作ってくれた海苔弁を、私は毎日残していたのです。夜中に帰宅し、生ごみになった海苔弁を見て、母はどう思ったでしょう、きっと悲しかったと思います。それでも毎日海苔弁を作ってくれました(寝坊した日はパン屋さんの惣菜パンでしたが)。母に懺悔する中で、私が何故、キキララちゃんを苦手に思っていたか気が付きました。キキララちゃんは愛に満たされているのです。寂しいことなんてないのです。双子同士、手をつないで、ほんわかと優しい笑顔のまま、自己主張せずとも漠然と日々を受け入れているのです。つまり当時の私が欲しかったものをキキララちゃんは持っていました。だから苦手だったのだと思います。

そうか、私は寂しかったんだな、不安だったんだな、母にもっと手をつないでほしかったんだな、と思いました。けれど母は母なりに、私と一緒に居られない分、例え残そうが、捨てようが、悩みのなさそうなキキララちゃんのお弁当箱に海苔弁を詰めることで、私を守ろうとしていたのかもしれません。否、違うかもしれません。よく考えると、母はそんな繊細な人ではありません。まあ、とにかく、これから海苔弁を食べるたびに、キキララちゃんのお弁当箱に詰められた母の雑な海苔弁を思い出すのでしょう。

私は罪悪感から母に土産の一つでも買って帰ろうと思いました。

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駅弁屋 祭 グランスタ東京弁当 / 東京駅二重橋前駅京橋駅
テイクアウト総合点★★★★ 4.0

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