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ウズベキスタン旅行記⑩ ~ヒヴァ観光編:風土、文化、歴史、全てが合わさり琴線にふれる国~

ウズベキスタン旅行記⑩

~ヒヴァ観光編:風土、文化、歴史、
全てが合わさり琴線にふれる国~

ウズベキスタン旅行へ

以前ブログで記載した通り、私がウズベキスタンへ行った理由はたまたまです。長年の夢であったエジプト旅行が世界情勢の問題で流れ、イラン以西に行くことを回避した結果、親友の勧めるウズベキスタンで手を打とうと決めたのです。

同僚たちに「すみません、明日からウズベキスタン旅行なので、お休みをいただいています。急用の際はTeamsでお願いします。」と言うと「え?何て何て?休むのはいいけど、ウズベキスタンて何?」とか「え?ウズベキスタンて渡航可能なの?大丈夫なの?」とか、みんな私が休暇をとることよりウズベキスタンにひっかかってしまいます。そうでしょう、そうでしょう、ウズベキスタンは未知の国、未開のエリアなのです。私自身もシルクロードで栄えた町くらいの印象で、旅行前は久保田早紀の「異邦人」をバックミュージックにラクダに乗ったキャラバンが月夜の砂漠をウズベキスタン目指して移動する、といった超抽象的なイメージしか浮かびませんでした。

しかしウズベキスタンは想像以上の国でした。そもそもウズベキスタンを想像するほどの知識もなかったのですが、今までに欧米、南米、東南アジアなど40近い国々を訪れた我が五感にすら、全く新しい世界を感じさせたのです。ウズベキスタンは風土、文化、歴史、全てが合わさり琴線にふれる国でした。旅行前「手を打つ」なんて表現をした自分に踵落としをくらわせてやりたいです。

タシュケントでは、、

初日は首都タシュケントへ夜ついたこともあり、そこまで”異国”を感じなかったのですが、翌日からジワジワとウズベキスタンの深さに魅了され始めました。まず二重内陸国という特有の立地がもたらす気候、長きにわたるイスラム教文化の存在、多人種が混ざった魅惑的な人々、聞いたこともないウズベク語と旧ソビエト連邦の名残でロシア語が飛び交う日常、完全に異国です。ウズベキスタン人の方は旧ソ連文化のせいか、無駄に笑わないあところがあり、男性などはみんな恰幅も良いので、一見怖いのですが、冷たいとか意地悪とかはなく、皆さんいたって普通、丁度いい距離感を作ってくれます。ただ子供は純東アジアの顔が珍しいのか、じっとみてきたり、勝手に動画を撮ったりするので嫌でした。

ウズベキスタン旅行記 タシュケント空港

ウズベキスタン旅行記
タシュケント空港
タシュケント空港で両替

ところで空港での注意点があります。空港の両替所では原則ドルしかウズベキスタンスムに両替できません。公衆トイレ(2,000から5,000スム、1,000スムは12円ほど)や市場での買い物などで多少は現地通貨が必要かと思い40ドル交換しようとしたのですが、渡したドルが汚れていることで不可となり、唯一新札に近かった100ドル札を渡して難を乗り切りました。ですので新札のドルをご準備することをお勧めします。またウズベキスタン人は並ばないので、両替の順番待ちをしていたら、華麗にスティールされました。ガイドさんに伺ったらウズベキスタンあるあるなので、前の人との間に隙間を作ってはならないと教えられました。私たちの感覚でパーソナルスペースを保つと、永遠に並ぶ羽目になります。ご注意ください。そして喫煙率が高い上に歩きタバコをするので、火傷に気を付けてください。

タシュケントのホテル

さてタシュケント空港では日本留学&就職経験のあるガイドさんが待っており、すぐ駐車場へ移動しました。ツアーといいつつ、蓋を開けたら私と主人だけだったので、非常にスムーズでした。タクシーの呼び込みをかわし、ドライバーさんの乗るシボレーに乗り込み10分程度でホテルにつきました。

初日のホテルはデラックスホテルということで、清潔で非常に広く(このホテルは非常に清潔だった)、天井も高く(どこのホテルも高かった)、うすーい使い捨てスリッパ(滞在した全てのホテルにあり)、歯ブラシセット(ないところもある)、シャンプーとボディーソープとハンドソープ(どこもあり)、フカフカタオル(ここ以外はガリガリタオル)、湯沸し器とお茶(どこもあるが、ティーパックがそのまま置いてあって飲む気にはなれない)、ティッシュペーパー(ないところもある)があり快適でした。シャワーは水圧弱めですが温度も保たれ問題なかったです。ただウズベキスタンのお手洗いは紙を流せないので、ダストボックスに捨てなくてはならず旅行中ストレスでした。そして紙も日本に比べて頑丈でジェントルに欠けるため持参したポケットティッシュを使うことも多かったです。

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ウズベキスタン旅行 ヒヴァ観光 

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ヒヴァ観光 ウルゲンチ空港
タシュケント空港からヒヴァ観光へ

翌日は6時にチェックアウトをしてタシュケント空港から国内線(ウルゲンチ空港)を使って砂漠の町ヒヴァ観光へ向かいました。昨日は気が付きませんでしたが、タシュケント空港のデザインがエキゾチックでとても素敵でした。国内線乗り場はだだっぴろい空間に椅子が置かれ、売店が一つあるだけでした。改めて現地の方を観察すると、モンゴル人ぽいけどなんとも言えず美しい目の色をした人、雰囲気はアジアだけど総合的には欧米人、反対に欧米っぽいけどアジア人など、とにかく皆さん独特で引き込まれるような魅力があります。単一民族の日本人としてはただ驚くばかりでした。

ウズベキスタン旅行 砂漠の町ヒヴァ 外壁

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砂漠の町ヒヴァ 外壁

ウズベキスタン旅行記 砂漠の町ヒヴァ

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砂漠の町ヒヴァ イチャンカラ 
世界遺産のヒヴァでは

ヒヴァはまるで映画の世界でした。ここはキジルクム砂漠とカラクム砂漠の間にあり古代ペルシア時代から栄えたオアシス都市です。年間300日が晴天と言われ、観光した日も気温39度でした。

ウズベキスタン旅行記 砂漠の町ヒヴァ イチャンカラ 

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砂漠の町ヒヴァ イチャンカラ 地図

見どころは何といっても19世紀当時の姿を残すイチャンカラという野外博物館都市です。外壁に囲まれた町を更に高さ8‐10ⅿの内壁で囲まれたイチャンカラが1990年に文化遺産となりました。イチャンカラにはモスク、ミナレット(塔)、メドレセ(神学校)、宮殿などが驚くほど美しい状態で残り、19世紀から残る城壁の土、そびえ立つカルタミノル(ミナレット)、建築物の繊細なモザイク、突き抜ける青空、ウズベキスタン人の生活(普通に民家もあります)、様々な色と文化が魅せ異世界に絶句なのです。写真の100倍壮大で、これぞ世界遺産という感動がありました。

砂漠の町ヒヴァ イチャンカラ 

ウズベキスタン旅行記 砂漠の町ヒヴァ

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砂漠の町ヒヴァ イチャンカラ

イチャンカラ内のレストランで夕食を終えた後、主人とブラブラお散歩をしていたら動けないほどの砂嵐に突然襲われました。同時に空は暗くなり、雨雲がわいて嫌な予感です。露店のテントが倒れ、現地の方が強風と砂埃の中、猛烈なスピードで店内に品物を運び入れる姿を見て確信しました。私と主人は見つめあい「走ろう」という無言の頷きを合図に外壁から数百メートル先のホテルへ猛ダッシュしました。大粒の雨に前髪ぺったり、息は絶え絶え、足がもつれる40女、けれど固く繋いだ主人の手が心強い、被写体はともかく映画のような経験でした。

ヒヴァのホテルで

ホテルに帰ってシャワーを浴び、ホッとしたところでテレビをつけてみました。歌謡曲的な歌番組ばかりでBBCやCNNがなかったので、poccnr24というロシア語のチャンネルにしました。この番組はロシア人のおじいさんがひたすらアメリカを否定し続けるシュールな内容で、ロシア語なので詳細はわかりませんが、おじいさんのブチ切れ具合から真剣さは十分に伝わりました。poccnr24ということは、まさか24時間繰り返し放送しているのでしょうか。恐るべきプロパガンダです。

ウズベキスタン旅行記 砂漠の町ヒヴァ イチャンカラ ホテル 

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砂漠の町ヒヴァ ホテル

さて砂漠の町ヒヴァではホテルにクーラーがないとやってられません。主人がクーラーをつけると「あれ?SHIVAKIって日本のメーカー?」と聞いてきました。「シバキ?何それ?聞いたことない。」と私。「このクーラー、富士山の写真が貼ってある。」と主人。何とSHIVAKIとうメーカー名の横に、浅間神社と富士山の構図がでかでかと張られているのです。早速ホームページを検索するとロシアのメーカーでした。そして更に検索すると「日本品質」や「JAPAN」と筆文字で記載したロゴも見つかりました。どういった理由で「日本品質」なのか?日本人技術者が開発に携わったのか?「SHIVAKI」は「TOSHIBA」と「SUZUKI」をモジったのか?プライドはないのか?様々な疑問が浮かびましたがクーラーは滞りなく動いているので、まあいいいや、と思いました。

ウズベキスタン旅行記 砂漠の町ヒヴァ ホテル

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砂漠の町ヒヴァ ホテル

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