ウズベキスタン旅行記⑬
~サマルカンドとタシュケント観光編:
風土、文化、歴史、
全てが合わさり琴線にふれる国~
列車でサマルカンドへ
ブハラから急行列車で90分、ウズベキスタン最大の観光地でありながら中央アジア随一の観光地でもあるサマルカンドへ到着しました。シルクロードの中心地、14-16世紀はティムール王国の首都があった、言わずと知れた世界遺産の町です。
ウズベキスタン第2の都市だけあって、ヒヴァ、ブハラとは比べ物にならないほど大きな町です。砂だけではなく排気ガスによる大気汚染がひどくて驚きました。そして車が多いのにウズベキスタン流の運転ですから、急ブレーキやら急な車線変更やら、もう怖いったらないのです。ここでも移動車はシボレーでした。というかウズベキスタンの車は8割シボレーです。ウズベキスタンでは輸入車には100%関税がかかるそうで、シボレーは工場がウズベキスタンにあるため、税金が非常に安いそうです。シボレーは日本だと高級アメ車で、私としてはアメリカドラマHAWAII FIVE-Oの主人公スティーブ・マックギャレット少佐の相棒ダニー・ウィリアムズ刑事が交通ルールを遵守せずに乗り回しているイメージしかありません。まさかウズベキスタンで交通ルールを遵守しないシボレーに乗せられるとは思っていませんでした。尚、首都タシュケントの老舗ホテル、ホテル・ウズベキスタンの駐車場にはテスラのサイバートラックがありました。LAでしか見たことがなかったので、驚きました。

テスラ サイバートラック

タシュケント シャーヒズィンダ廟群
サマルカンドを観光
サマルカンドの旧市街では、まずシャーヒズィンダ廟群へ行きました。ティムール王ゆかりの人々が眠る霊廟で、サマルカンドブルーの建築物がこれでもかというくらい立ち並び、もう何が何だかわからなくなります。細かいことを学ぶより、とにかくウロウロして「すごい」と感じるのみでした。内部が綺麗に修復された廟は、模様の精巧さが凄まじく、どうしたらこんな絵柄が思い浮かぶのか、不思議でなりませんでした。

タシュケント グル・アミール
次にグル・アミールというティムール王のお墓へ行きました。廟の入口からして装飾の精巧さ、絢爛さに圧倒されます。霊廟内は金を使っており、ティムール王の絶大な力を感じました。
次にビビハ二ム・モスクという当時世界最大と言われた巨大モスクに行きました。何と5年で完成したらしいのですが、急ぎすぎて欠陥モスクだったのでしょう、完成後に煉瓦が落下するという崩落事故が多発し廃墟になったそうです。それにしても15世紀にこんな壮大なものを5年で作るのですから、サグラダファミリアは何してんだ?って話です。きっと崩落が起こらないように、丁寧に作っているのでしょう。

タシュケント レギスタン広場
レギスタン広場へ
このあとウズベキスタン旅行のハイライト、レギスタン広場へ行きました。あまり人がおらず拍子抜けでした。どうも5月で暑くなってきたため、観光客が減ったようです。気温が低い時期はチケット売り場は大行列らしいです。
レギスタン広場は3つの巨大なメドレセ(神学校が)が青空へ向かって建ち並んでおり、広場に立って、各々のメドレセに施された青いモザイクタイルの美しさを見つめていると、唯一無二の感動が訪れます。青いオーラ、青いエネルギーに包み込まれる、そんな時間を十分に楽しみました。勿論、それぞれのメドレセ内部も素晴らしかったのですが、やはり外観の圧倒的なエネルギーには到底およびませんでした。
ショブバザールへ


タシュケント ショブバザール
夕方までレギスタン広場にほど近いショブバザールへ行きました。ここはエリアごとに野菜、果物、お惣菜、お肉、パン、ドライフルーツ&ナッツ、スパイス、お茶、お菓子、蜂蜜、チーズ、日用雑貨、お土産など、とにかくなんでもそろう市場です。かといって積極的買いたいものはなかったのですが、市場の雰囲気や人の姿を見ているだけで楽しい時間でした。主人が突然、「ウズベキスタンでたい焼き屋さん始めたら儲かりそうじゃない?」と言い出し、理由を尋ねると「ウズベキスタンって海がないじゃん。だから魚の形がうけると思うんだよね。こっちの人は甘いもの好きだし、たい焼きなら実演販売できるしね。」とのことでした。私はこの暑い中、たい焼きが売れるとは思えないし、そもそも海への憧れはあっても魚への憧れはないだろうから事業は失敗するだろうなと思いました。

ショブバザール ザクロジュース
ところでこの市場で私が唯一購入したのがザクロジュースです。搾りたてを購入したので、まあ大丈夫だろうと思って買いました。実際に非常にフレッシュで美味しかったです。翌日早朝、私はお腹を下しました。ザクロジュースと確定はできませんが、きっとザクロジュースだと思います。やはり調子に乗ってはいけないと猛省しました。
タシュケントの地下鉄へ


地下鉄 コスモナウトラル駅
旅行最終日、うずく腹を抱え、サマルカンドから激しく飛ばすシボレーに乗ること5時間、首都タシュケントに着きました。タシュケントは1966年の大地震で町がほぼ倒壊し、旧ソ連によって再建されたため、ソビエトチックな街並みらしいです。1977年に中央アジア初の地下鉄が開業したのですが、面白いことに各駅ごとにテーマを決めて、それに沿ったコンセプトで建築、内装がなされているのです。私たちは「」という「宇宙」をテーマにした駅から乗車し「アミール・ティムール・ヒヨボニ駅」という元は「10月革命駅」とうい名称であった駅に降りました。確かに日本にはないユニークな内装ですが、でもなんだか物悲しい感じがして、エンターテインメント感はありませんでした。降車後にティムール広場で馬に乗ったティムール像を見たのですが、伊達政宗感がすごかったです。この駅で初めて物乞いの女性と子供を見ました。ガイドさんは「絶対にお金をあげてはいけませんね、仕事がほしければ国がくれますよ、公園の仕事とか、掃除とかありますよ、お金あげるから働かなくなるんですよ。」っと切れ気味に話していて、最もだと思いました。

タシュケント ナヴォイ劇場
ウズベキスタンはシベリアで抑留されていた日本人が連行された歴史があります。タシュケントでも連行された日本人がナヴォイ劇場という国立劇場の建築に携わったこともあり、現地墓地の一角に日本人墓地があります。非常に綺麗に整備され、大切に埋葬されていたのでとっても嬉しかったです。ウズベキスタンへのありがとうという気持ち、亡くなられた日本人へのありがとうとう気持ち、涙がでました。日本の平和な日常を作ってくれたのは戦争を指導した人ではありません、家族や故郷と離れ戦争へ行き、日本の未来を守るために戦ってくれた人です。戦争が終わってもなお、異国で過酷な生活を送り命を費やした日本人にひたすら感謝を述べることしかできませんでした。
ところでウズベキスタンはイスラム教なので土葬です。墓石がユニークなので墓地には怖い雰囲気がありません。墓石の多くが、クオリティーが高いとはいえない腕前の方が生前の顔を掘ったものや、墓石を縦に置いて、等身大の姿を掘ったものなので、何だか面白さが勝つ墓地でした。
夕方、タシュケント空港から飛行機を乗り継ぎ、無事に帰路へつきました。帰国日も私のお腹の調子は悪く、お手洗いへ何度も行かねばなりませんでした。そこで起こったのがウズベキスタン病です。お手洗いで紙を流した瞬間「しまったー!!」と叫び、数秒後に「あ、ここは日本だった」と我に返る病気です。お腹が治った後も数日はウズベキスタン病に苦しみました。